
弁護士 伊﨑 翔
奈良弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 伊﨑 翔
近畿圏内の地方裁判所や家庭裁判所で裁判所事務官・裁判所書記官として勤務。在職中に予備試験及び司法試験に合格し、弁護士となる。家庭裁判所での経験を活かし、相続等の家事事件を取り扱っている。
故人(被相続人)が遺した財産は、必ずしもプラスの資産だけとは限りません。むしろ、借金などのマイナスの遺産を相続することで、思わぬ経済的負担を背負い込む例も少なくありません。そのような事態を回避するための重要な法的手段が「相続放棄」です。
相続放棄とは、被相続人の遺産を一切承継しない旨を家庭裁判所に申述することで、初めから相続人でなかったものとみなされる制度です。もっとも、単に放棄を宣言するだけでは法的効力は生じず、家庭裁判所での正式な手続を経る必要があります。
熟慮期間の厳守
相続放棄を検討する際に、最も重要となるのが「熟慮期間」の問題です。民法上、相続放棄は、相続の開始を知った時から3か月以内に行わなければならないとされています。この3か月以内に放棄するか否かを判断しなければなりません。
例外的に、被相続人が亡くなったことや自分が相続人になったことを知っていても、相続財産が全くないと過失なく誤信していたなどの特別な事情がある場合には、その財産の存在を認識した時から3か月以内に申述すれば受理されることもあります。また、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に申し立てることも可能です。
申述人
相続放棄の申述は、原則として相続人本人が行います。しかし、未成年者の場合は親権者等の法定代理人が代理する必要があります。もっとも、未成年者と法定代理人が共同相続人である場合には、利益相反を避けるため、家庭裁判所において特別代理人の選任が必要となる場合があります。
法定単純承認の落とし穴
相続放棄を希望していても、相続財産を処分した場合には「法定単純承認」として扱われ、放棄が認められなくなる場合があります。例えば、相続財産を換価処分したり、遺産分割協議を行ったりすることがこれに該当します。
相続人の順位
配偶者は常に相続人ですが、その他の親族には以下のとおり、相続順位が定められています。
- 第1順位: 子、またはその代襲者(孫、ひ孫など)
- 第2順位: 直系尊属(父母、祖父母など。親等の近い方が優先)
- 第3順位: 兄弟姉妹、またはその代襲者(おい、めい)
相続放棄がなされると、次順位の相続人に権利義務が移ります。したがって、放棄を検討する際には、親族内で相続の意思を十分に共有することが、予期せぬ相続トラブルを防ぐ鍵となります。
申述後の対応
相続放棄が認められると、家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が交付されます。債権者から被相続人の債務の請求を受けている場合には、債権者に対し、この通知書により相続放棄の事実を説明することが望ましいです。また、被相続人の財産を一時的に管理していた場合には、適切に後順位の相続人に引き継ぐことが求められます。
まとめ
相続放棄は、マイナスの遺産からご自身やご家族を守るための大切な選択肢です。しかし、熟慮期間をはじめとした厳格な要件があり、適切に対処しなければ将来的なトラブルにつながることがあります。
相続開始後の限られた期間で冷静かつ適切に判断を下すためにも、不安がある場合は、できるだけ早期に弁護士等の専門家へご相談されることを強くお勧めします。